チラうら

心に留まった事柄をメモしておくチラシの裏的な所

聞いてみなきゃ分からなかった

退院後3日目にして、初洗濯しました。
洗濯物の溜まり具合からすると、私的なベストタイミングは昨夜だったのですが、残念ながら夜はポンコツなので、朝にまわしました。

昨夜、夫に「洗濯は明日回すね!」と伝えたところ、問題発生!

「明日の分の肌着がない!」と言われました。
仕事用シャツのインナーを2枚で回していたそうです。
(私の入院中は毎日、洗濯していたようです。私よりマメねぇ!)

なんとなく入院前にそんな気がしていたので、自分の入院準備の時に買い足しておきました。
退院して、未開封のまま置かれているのを見付けてていたので、「これを使い給へよ。こういう時の為に買い足しておいたのだよ」と開封の儀を強行。

夫「朝に開封して、これ違う!ってなったら嫌やん?」
私「寝る前にいっぺん試着しなはれや。ほれ着てみて。…いける?」
夫「ちょっと首元が空き過ぎやけど。まぁいけるかな」

お気に召したようでよかった。ローテーションにご新規さんを組み込んでください。

結婚当初から『自分の服の管理は自分でする』でよかろう?と思っていて、それでお互いにやっているつもりだったのですが、今回の件で、そんな話をした事がないと気付きました。
少なくとも、私が上記の考えでいるのを夫に伝えた事はありません。

この件だけでなく、『○○は○○だろうとお互いに共有していると思っているけど、全く共有していない事』って沢山あるんだろうなと思い至りました。

シンプルな言葉にすると、『価値観の共有』…かな

昨日の件といい、夫と話してみたい話題がたくさんになりました。
assaqui.hatenablog.jp

『夫婦』について考えてみた

津川雅彦さんの訃報を朝のワイドショーで知りました。
朝丘雪路さんと揃って出演された番組や、亡くなった時の会見など流れていました。

私が10代の時からとても素敵だなと思っていたご夫婦なのですが、何をキッカケでそう思ったのか、流れた映像の中にありました。

津川さんが妻に求めること
「家事をする、それは求めていない。そんなのお金さえ出せば、お手伝いさんを雇えますから」
「妻にしかできない作業、それは夫を見つめること」

前半は覚えていたのですが、肝心の後半は全く覚えていませんでした。が、今日、映像を見て、「これはホレるわ」と思った当時の心境を納得すると共に、「自分は何を夫に求めているのだろう?」と考えました。

ちょうど数日前の朝にした、夫とのLINEを思い出しました。
夫「働きたくないでござる」
私「入院費を稼いできてほしいでござる❤️」
 「目指せ、ZOZO社長超え!w」
夫「よくわからんけど、それは無理」
私「さすがにそこまで求めてない」

『夫に稼いでもらって養ってほしい』そんな気持ちは微塵もない、その点に気付きました。
実際のところ、『自分は働けないので養ってもらわないと困る』という現状はありますが、働ける状態であれば働きたい(めんどくさい時もあるけれど)です。二人分の生活に足りなかったら、二人で稼げば良いよね!という気持ち。

なので夫から「ヒモ生活したいから養って。がんばって働いて」と言われたら、離婚する!と答えそうな気がしてきた(笑)
私の稼ぎが良い仕事をしていて、夫が専業主夫になるパターンはアリですけどね。それはちゃんと分業になるから良いのです。

具体的な話と変な妄想に走ってしまい、長くなってきたので、この辺でまとめます。

『自分は夫に何を求めているのか』
『夫は自分に何を求めているのか』
そして『それに応えられているのか』

今まで気にしたことがありませんでしたが、この機会に夫と共有してみたいと思いました。
来週はお盆休みで時間もあるし、ゆっくり話すにはちょうど良いタイミングですね。

余談にはなるのですが、タイトルを『夫婦』についてと、敢えてカギカッコを付けた話を。

昨今、LGBTの方の話がたくさん出てきています。
私としては自分の性別や好きになる人の性別とか何にも悩んだことがないので、そういう意味では気持ちの理解はできないと思うのですが、『自分が自分らしく、気持ち良く生きられるんなら、なんでも良いじゃん』『子孫を残す事が人間の全てじゃないでしょ?人間って単なる生物じゃないんだから』という考えを持っています。

一般的にイメージしやすいジャンル程度の意味で『夫婦』を使いましたし、今後も使用する所存ですが、結婚という制度を使っていてもいなくても、使えなくても、一緒に生きたい人がいる、その相手をどんな言葉で表すか。例えば『伴侶』『カップル』とか『パートナー』とか。様々あると思いますが、表現の違いだけで意味は全て同じ。

その相手とどう想いあっていくのか。
そこに余計なことが入らず、向き合えたら良いなと思います。

入院21日目(退院日)

11時頃に退院して自宅に帰ってきました。

入院中、あまりにもケンタッキーフライドチキンが食べた過ぎたので、病院の最寄り駅にある店舗でテイクアウトしようと企んでいたのですが、
カバンが重かったせいか、入院で筋力が衰えたせいか、病院から離れて2分もしない所で、血の気が引いていき「これはヤバい、無理。ヘタしたら病院に戻されかねない」という状態になってしまいました。

座り込むのに良さそうな段差も日影もない大通りで意識を失いそうになりつつ、車道側へ寄り、流しのタクシーを捕まえて帰りました。
血液検査の結果的には問題はないはずなので、基礎体力を過信しての失敗ですね。

帰宅して、しばらく玄関で横になった後、掃除を始めました。

入院前に予想していたのは「うわー!めっちゃ汚れてる」という気持ちで掃除すると思っていたのですが、実際は穏やかな気分でしていました。
「ここが汚れいても別に生活に支障はないもんな」
「夫さん、一人で毎日がんばってたんやろうなぁ」
夫と家への労いと感謝の気持ちだけで、予想した『汚し続けた事への怒り』は全くありませんでした。

掃除と寝具等の洗濯をしていたら、晩ごはんの時間が遅くなった為、ネオーラルが食後すぐの薬と化し、レボレードの飲む時間が前日より30分遅くなりました。
30分は誤差範囲ということで、ギリギリセーフです。
家に帰っても22時を過ぎると眠気が強くなってきたので、しばらくは早めに晩ごはんを作るように頑張らないといけないです。
段取り力が上がるといいな!

入院20日目(退院日決定)

明日の退院が決定しました!
金曜日の採血結果より減った項目もありますが、新しい細胞も造られているので、退院しても問題なしとの事で、サックリ明日退院になりました。

早速、翌日の水曜日朝に採血をしに来なきゃいけないんですけどね!

入院手続き時にした採血結果と見比べたのですが、
・白血球は多い
赤血球(ヘモグロビン)はトントン
・血小板は少ない
という感じでした。

『入院前より少ない』と書くと不安になる感じですが、
血小板は入院~ATG開始前に、すでに今の値よりも少なくなっていた為、
治療前の値より低くても逆に安心感があります。

正直なところ、採血をする度に数値が減り続けるというのは、なかなか追い詰められる気分でした。
「このままゼロになってしまうのかな。自力で造るのがゼロになったら死んでしまうのかな」
まだ何もしていない段階でしたが、そこを考えると不安が押し寄せました。

ATG治療が開始されたら「今はわざと落としてるから!」と逆に安心した位です。

元々私は能天気な程に前向き思考なので、あまり悲観的にはならないのですが、ナチュラルに下がり続ける数値を見て、「現実はこれなのか、さすがに直視しなければいけないのか」と思いました。

いつ、どんな状況で、『その時』が来るのかは分かりませんが、本人や身近な人には分かりにくくて、でも少し離れた人には分かるかもしれないのかなと思いました。

具体的に挙げると、患者・家族と医者。
他には、大雨の時に畑などを見に行って亡くなる人と、その報道を見る人。

単純に同列にしてしまうとモヤモヤする気持ちはありますが、『その時を迎える人』の立場は同じ。
「今じゃない」そう思っていたら「来た」。
家族にしても「大丈夫だろう」と思っていたら「来た」。

お医者さんからすると、経験則で「もうかな」という予想はできてしまう。
報道で知る人は「フラグでしかない」と思う。

各地で多くの被害を出している西日本豪雨から1ヶ月が経過したとニュースでやっていました。
被災した方々の行動について、まとめられていました。
避難指示は出たけれど「大丈夫だろう」と思っていたら、川が氾濫して動けなくなった方が多かったそうです。

人間は平常時バイアスという物を持っているので、ある程度は仕方がない事らしいです。
「まさか」と思うのは当然の心理だそうですが、それで大切な人、モノを喪うにはあまりに辛すぎる。

自分が入院中という状況だからか、自分や夫、家族の『その時』について、感傷的に考えてしまいました。
生きている限り確実に迎える『その時』をどうか穏やかに迎えたいor迎えて欲しい、送ってあげたいと願いました。

入院19日目

入院して、時間的にもジャンル的にも、普段は見ない番組をいろいろ見ています。
個室なので点けっぱなしにできるのがありがたいです。
イヤホンもテレビカードも使わなきゃとなったら、ケチって点けないであろうと思いますし、確実にストレスが溜まってそうですw

朝、がっちりマンデーを観ていたら、『結果にコミットする』で一躍有名になったライザップの回で、
ライザップは何故、結果にコミットできるかという話をしていました。

仕掛けはいろいろありますが、キーポイントはトレーナーさんだなと思いました。
トレーニング中などに気持ち良く褒めてくれるんです。

「そう!いい感じですね!」みたいな感じの、合いの手的な褒め。
フォームが崩れたら、ちゃんと修正点を指摘してくれる。
「しっかり見てもらってる・・・!」そう感じて頑張れる。

見ていて思いました、ライザップのトレーナーになりたいと。
言われた人が気持ち良くなるような感じに、褒めたり指摘したりする事ができる人になりたいと。

やりたいところを落とし込むと、ライザップじゃなくてもできる話なんですよね。

実際に、今まで働いた職場にも『注意を受けているのにヤル気が満ちてくる言い方の人』がいました。
起こしたミスを心底反省しつつ、この経験を活かして前向きに頑張ろうという気持ちになるのです。
具体的に誰だったというのを思い出せないのですが、ありがたいことに今の職場でも経験があります。
私はそこそこベテランの立場なので、あまり注意される機会が少ない、また検証もしたくはないので、誰か謎なままで過ごしたいと思いますw

次回、新人研修を任される時に、ヤル気を引き出す褒めを試してみたいなと思いました。
そもそもの仕事復帰がいつになるか分かりませんが。

「ちょっと待て!実践するのは自分の仕事の時だけじゃなくて良いんじゃない?いま働いてる人にも言おうぜ!」と気付いて、看護師さんに伝えてみることにしました。

ちょうど今日の担当看護師さんが、シャワー前にしてもらうカテーテルのパッキング作業が一番お上手なんですよ!
合理的で、早くて仕上がりが綺麗。防水性最高。安心感抜群。後輩になりたい。(看護師転職の予定はありません)

しかし、いざ伝えようとすると、ちょっと緊張しました。
『軽く褒める』という行動、意外と高いハードルでした!
足腰ヨボヨボでも跨げる低さと思っていたのに。なんだかショックです。
やだ…息を吐くように他人を褒められるようになりたい・・・!

いっそ、他人だけでなく自分も褒めてみるか。
自分を褒め、細胞を褒め、血球数を上げる作戦!w

実は今朝、ネオーラルを飲む際に、指先を容器の端で切ってしまいました。
始めはテキトーに押さえて止血していたのですが、5分経っても止まらず、「これは血小板が少ないせいだ。もっとちゃんと向かい合わないと!」と気付き、真剣に切れた所を押さえ付けること10分。
しっかりと止血できました。
「やったぜ!よくやった!ちゃんと止められたね!血液もよく止まったね!傷口はちゃんと保湿してあげるから、もう血が流れないようにするね!」

体と血液の細胞とに、感謝と労りの言葉を・・・うん、やり過ぎかな!
でもなんか、ちょっと気持ち良いかも。もうちょっと頑張れそうな気がしてくるw

明日の夜から、半年に渡り飲み続けないといけない薬が始まるのですが、注意事項が厳密で、キチンと飲めるのか不安なのです。

ちゃんと飲めたら自分を褒めよう。そしたら翌日もちゃんと飲める気がする。